ディズニーランドで絶望した話

23歳の時、年下の友達とディズニーランドに行きました。
あっちも年上だからとこちらを立ててはくれるんですけど、次はどこに行こうか相談すると、ここは嫌とかここに行きたいとか割とはっきり希望を言ってきました。

自分も行きたいとこ主張したり、交代で乗りたいものに乗ったりとかすればいいんですけど、言われると「はいそうですか」とそのまま受け入れてしまうんですね。

で、その後から絶望感が湧いてくる(笑)

「どうせ自分のわがままなんて叶えられない」
「自分は幸せになれない」
といった投げやりな考えが浮かんできます。

年下の友達だったからというわけでもなく、同年代の友達でも、年上に対しても基本的に同じです。
相手が希望をはっきり言ってくると、ちょっと嫌だなと思っても受け入れてしまいます。
そして、自分は永遠に我慢し続ける存在なのだ、という思いに包まれて絶望していました。

これは子供の頃にお姉ちゃんなんだからと下の兄弟に譲らされて我慢させられたことや、親がわがまま言ってキレたので親の希望を優先させたことなどが発端となっていました。その後に構築した人間関係も同じようになります。常に相手に譲ってしまう。

我慢する時は、自分の方が相手より精神的に大人なのだと言い聞かせました。なので、相手を見下すような傲慢さもあったかとは思います。
相手のために我慢してあげたのだから、いずれ私に感謝したり、尊敬してくれるだろう、とかも思っていたのですが、全くそんなことはありませんでした。
どちらかというと格下の奴隷扱いです。同等な人間とはみなされなくなっていきました。


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